『僕たちがやりました』視聴率5.4%でも悲壮感ゼロ!? 画面から伝わる「やり切ってる感」が心地よい

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関西テレビ『僕たちがやりました』番組公式サイトより

 カンテレ制作の『僕たちがやりました』(フジテレビ系)も第5話。視聴率は5.4%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)と、まるで下げ止まりません。この先、5%を切ってくると、いよいよ「すわ打ち切りか!?」みたいな話題も出てくるでしょうが、同局で同じように低迷している『セシルのもくろみ』なんかに比べて、あんまり悲壮感ないんですよね。なんでかって、やり切ってる感が画面から伝わってくるからです。

 脚本はまだ原作トレース以外の改変部分で結論が見えないのでなんとも言えませんが、クロスカッティング多めでテンポを出して、対照的な劇伴を強めに鳴らしてシーンごとのコントラストを出して……という演出の意図は明確に示されているし、何より役者のみなさんが楽しそうに演じているので、普通に考えれば気分が悪くなる筋立てなのに、気持よく見ていられる。視聴率をこっから挽回というのは難しそうですし、このまま、視聴者を選ぶ感じで突っ走っていただければ幸いです。というわけで、今回も振り返りです。

これまでのレビューはこちらから

 10名の死者を出した矢波高爆破事件は、矢波高教師・熊野(森田甘路)の目撃証言によってパイセン(今野浩喜)が逮捕され、もう自白寸前。しかしそんな折、「おらがやりました」と言って真犯人を名乗る男が出頭してきました。

 どうやらこの真犯人は、パイセンパパの輪島(古田新太)の差し金のようです。刑事・飯室(三浦翔平)はこの男が犯人でないことを確信していますが、動機も証拠もばっちり用意して自首してきたし、取り調べでも「おらがやりました」しか言わないので、どうしようもありません。

 一方そのころ、逃亡中に出会ったホームレスのヤングさん(桐山漣)にケツを掘られそうになっていたトビオ(窪田正孝)は、意に反して性欲だけを向けられる恐怖を初めて実感し、数日前に幼なじみの蓮子(永野芽郁)に「1回だけやらして」と迫ったことを心の底から反省。もう一度、蓮子に会って謝りたいと涙に咽びます。

「やりたいときにやりたいことをやるだけだ。後ろが嫌なら前を向け」

 ヤングさんの超男前な言葉に見送られて、トビオは蓮子を探しに街へ走り出します。蓮子に会いたい、蓮子に会いたい。

 ほどなくトビオは蓮子を発見しますが、なんと蓮子は、爆破事件で重傷を負い、トビオの命を狙っている市橋(新田真剣佑)の車イスを押していました。2人はなんだか、とっても楽しそう。蓮子はトビオに気付きますが、「そういう関係かよ!」と誤解したトビオは走って逃げます。蓮子は「トビオに告るため」、市橋は「トビオを殺すため」に2人で一緒にトビオを探していただけなんですが、そんなことはトビオの知ったことじゃない。

■トビオが「そこそこの人生でいい」思考に至ったワケ

「もうやだ、らしくないことしようとするからほら、こんなクソみたいな気持ちになるんだよ」
「昔からそうだ、熱くなってよかったためしがない、だからそこそこでいいんだよ」

 蓮子と市橋の関係を誤解したまま、トビオは何もかもがどうでもよくなっちゃいました。ここ、重要なシーンです。なぜトビオが「そこそこの人生でいい」と、何度も何度も自分に言い聞かせるように語ってきたのか。

「そこそこ」から何度も踏み出そうとして、そのたびに傷ついてきたからでした。

「『好き』とか、そういうの向いてないんだよ、俺」

 何度も傷ついたために、いわゆる「もう恋なんてしない」状態が平常運転になってしまった。このへんの主人公の心理に共感できないと、追いかけるのが結構きついんだろうな、と思うんです。痛みを避けることに慣れてしまった生活。それは、10人が死んだ爆破事件を起こしても、あんまり変わることがありませんでした。そして「ケツを掘られる危機」という実感を伴う恐怖によって一度は突き動かされたものの、自分勝手な誤解で、また同じように「やっぱりそこそこでいい」に戻ってしまう。

 そうした人物が、いかにして『僕たちがやりました』という表題に帰結していくのか、というのが、この物語が描こうとする若者の生き様なんだと思います。

 その後、トビオは都合よく、都合のいいロリ巨乳・今宵ちゃん(川栄李奈)のアパートに転がり込んで、あっさり童貞を捨てます。第1話で「夢も希望もないけど、せめて童貞を捨ててから死にたい」と願っていたトビオの童貞喪失は、単なる成り行きで訪れました。そして何度も今宵ちゃんを抱くうちに、あんなに焦がれたセックスという行為さえ「そこそこ」の「どうしようもない」日常になっていく。慣れていく。意味がなくなっていく。自己嫌悪が募る。母親からの留守電が沁みる。トビオは「もう逃げるのはやめよう」と決意し、ボーリング場で1,680円のプレイ代を踏み倒すと、「警察を呼べよ、早く!」とフロント係を怒鳴りつけます。

 そのころ、熱海のキャバクラで逃亡資金をすべて溶かしたマル(葉山奨之)は伊佐美(間宮祥太朗)から金を盗もうとして失敗。伊佐美の金は、そこらへんの外国人観光客にかすめ盗られて、なくなってしまいました。結果、マルと伊佐美は殴り合いに。パイセンからもらった300万円ずつの逃亡資金を全部自分のモノにしようとしたことがバレたマルは「お前たちの正義感が俺の人生をメチャクチャにした、その賠償金だ」と言い出しました。ものすごいクズ! そうしたクズが、いかにして『僕たちがやりました』という表題に帰結していくのか、というのも、この物語が描こうとする若者の生き様なんだと思います。なので、このマルにさえ共感しないと話にノレないというのも、この物語の間口の狭さではあるよね。

 さて、トビオがひと暴れして、ようやく警察を呼んでもらえることになったボーリング場に、パイセンが現れました。さくっと料金を立て替え、トビオは解放されます。いわく、「無罪や」とのこと。

「あの爆発と俺らは関係なかった、いたずらとテロが重なっただけやった」

 殴り合いをしていた伊佐美とマルも、「真犯人逮捕、パイセン釈放」のニュースを見ていました。

 そうしてひとたび、4人は罪悪感から解放されることになります。第5話はここまで。

■「人生を終わろう」と「人生を終わらせる」の対比

 トビオは自首する勇気がないという理由で、ボーリング場での無銭遊戯に走りました。警察に連れて行ってもらって、そこですべてを話して、どうしようもない人生を終わろうという算段でした。

 一方、爆破事件で障害を負った市橋は、トビオ以上に何もかもがどうでもよくなっています。ひとりじゃおしっこするのだって大変だし、手下だった同級生は「タイマン張ろうぜ」とか言って車イスを蹴ってくるし、もうバイクにも乗れないし、蓮子と一緒にいたら「トビオを殺したい」という気持ちも萎えてくるし、死んでも悲しむ人は婆ちゃんひとりしかいないので、ほんとにどうでもよくなってる。蓮子だけが以前と変わらず接してくれるので、なんとか生きてるという感じです。

 その蓮子が、手下のヤツらに目の前でスタンガンで倒され、目の前で輪姦されそうになります。市橋はナイフで脅されているし、そもそもひとりじゃ何にもできません。

「もうこれ以上、地獄見せんな……」

「もうどうでもいいんだよ、俺には……」

 市橋は向けられたナイフを自らの手でつかむと、お腹にブッ刺しました。

「やりたきゃ俺を殺せ。もう終わった人間なんだよ」

 さらにぐりぐりと、刃をねじこんで吐血しています。ビビった手下連中は、蓮子を解放して逃げだすしかありません。市橋は、文字通り命がけで蓮子を守ったのでした。

 しかし、具体的な描写こそありませんが、こうやって女の子を輪姦したりっていうのは、きっと元気だったころの市橋だってやってきたことなんでしょう。立場が変化して、蓮子しか味方がいない、命を張る対象がいないからそうしただけで、別に正義感や倫理観での行動じゃない。ただの身勝手な自暴自棄が、結果として蓮子を助けることになっただけ。

 このへんの一連の市橋って、かなり過剰というかグロいというか、動機と行動と結果のコントラストが激しくてキツイところなんで、ドラマでは緩めてくるかなーと予想していたんですが、しっかり伝えようとしていてよかったと思います。やっぱし、この作品、攻めるところはとことん攻めてると思う。

 あと「攻めてる」でいえば、今宵ちゃんとトビオのセックスはどれくらい「攻め」てくれるのかなーと期待していたのですが、やっぱりこれはキスだけでお茶を濁された感じですね。でも、キスのあと別のシーンに飛ぶのではなく、すべからく直後にCMに入ったので、CM中に脳内補完してアレしておいて次の展開を待つことができ、意外に充足感があったように感じます。今後も楽しみです。
(文=どらまっ子AKIちゃん)


Source: 日刊サイゾー

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