「アダルトグッズ+催眠音声」の可能性を追求するトランスイノベーションへの誘い

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トランスイノベーションの公式サイトより

 世に「変態紳士」というスラングがあるが、そんな言葉がピタリとあてはまる人に初めて出会ったと、思った。

 それが、このルポルタージュのテーマである催眠音声付きアダルトグッズという新たなジャンルを切り拓く、トランスイノベーションを立ち上げたT氏の第一印象であった。

 その日の待ち合わせは、都内某所のターミナル駅。約束の5分程まえに、指定された改札の前で、私は柱にもたれかかった。

 どんな人が来るのだろうと思いながら、私はiPhoneを取り出して、今日の取材テーマである品物が掲載されているホームページにアクセスした。

 そこには、扇情的というよりも倒錯的な言葉がいくつも綴られていた。

「M男専用 催眠ボールギャグ」

「意地悪過ぎる女の子の射精管理遊び」

 これは、商品名。そして、いかにも危なげな感じのする女のコのイラストと共に、こんな煽り文句が記されていた。

「挑戦者求む
 あなたを マゾ玩具化させる 限界まで追い込む音声付き」

 近年は、インターネット通販の発達もあってか、ごくごく自然に使われるようになったアダルトグッズ。そこは、次々とユーザーが予想だにしない製品が生み出される世界。

 その中でも、この2つの製品は「変態さ」が際立っていた。

 そして、日々更新されるTwitterのトップに固定されたアオリもまた、自分たちの開発した製品の変態性への自身に満ちあふれていた。

「おら、どM共かかってこいや!! いやかかってきてもいいよ? いやすいませんかかってきて下さい 買って・・・下さいOTL」

 わずかな言葉の中には、情熱が満ちていた。

 単に、自社の製品を売るためだけに冗談交じりに書いたアオリ文句……とは、とても思えなかった。製品への、揺るぎない自信の表明。そして、その変態じみた内容を、気取ったりするのではなく、本気で大勢の人に楽しんで、ハマってもらいたいという心意気が、溢れているように感じたのだ。

 そして、音声。「音声付き」と控えめにしている。あたかも、オマケであるかのように、さりげなく添えられた言葉。でも、その音声の制作者を見て、購入をすることを決めた者も数限りないだろう。それは、尖った嗜好に、完全に合致した人物である。

 ボールギャグの音声はキャンドルマン。オナホールは、B-bishop。

 いずれも、ある嗜好では極めて知名度の高い人物である。

 そう、催眠音声やオナニーサポート音声などアダルト向け音声作品の世界において。

■第三の快楽に酔う音の世界

 催眠音声とは、読んで字の如く、音声だけによって行われる催眠術である。ネットで検索すれば、同人ダウンロードサイトで販売されているものから、無料でダウンロード可能になっているものまで、さまざまな音声を見つけることができる。

 極めてニッチな趣味と思われるかも知れないが、このジャンルは多彩だ。ストーリー仕立てにして、さまざまな物語の中で登場人物になっているような気分で楽しむ催眠を目指したもの。あるいは、さまざまな音の変化を用いることで催眠と快感とを目指したものなど。ひとつとして、似たり寄ったりな作品がない、極めて尖ったジャンルである。もし、大きく分類するならば、ウェットとドライであろう。前者は、催眠にかかりつつ、男性が自分のペニスを弄って射精するというもの。これは、催眠+射精によって、通常のマスターベーション以上の快感を目指すものといえる。

 そして、もうひとつが、ドライ。すなわち、催眠によってドライオーガズムに達することを目指したものである。男性が女性の絶頂に近い快感。すなわち、メスイキの快感を得る方法としては、エネマグラなどを用いた、アナルを使う方法が知られているところだ。個人差もあるだろうが、催眠音声によって得られるドライオーガズムは、またこれとは違った快感だ。身体にはまったく触れていないのに、身体の芯のほうから、射精ともアナルの快感とも違う、第三の快楽が押し寄せてくるといえばよいだろうか。

 そして、催眠音声には、さらに別のベクトルからの快感がある。基本的に催眠音声は受け身である。ストーリー仕立ての作品だと、わかりやすいが、さまざまな音で貶められ、蔑まれ、それが、みじめ気持ちいい快感となっていく。すなわち、現実のプレイでは不可能であろう領域で、究極のマゾヒズムを味わうことができるというわけだ。

 実のところ、そんな快楽には個人差がある。私は、数年前に初体験して以来、だいたいの作品で、あっという間に催眠状態になってしまう。一方で、試したことのある友人知人に話を聞くと体験談は様々だ。

「催眠音声で快感に浸って、ぐったりとしたまま眠りにつくのが気持ちいいんですよね」

 そういう人がいるかと思えば、

「いくつも買ってみたんですけど……全然、かからないんですよ」

 実は、どれだけ催眠音声を聞いても、まったく催眠状態になったことがないという友人の話には驚いた。これは、誰もがすぐに、催眠状態になってしまうものだと思っていたからだ。

 私の場合、自分でも危険だと思うほどに、すぐに催眠状態に入ってしまう。通例催眠音声は、導入の催眠~本編~催眠解除の構成になっている。ちゃんと最後は、催眠を解除してくれるようにはなっているのだが、私の場合、なかなか現実に戻ってくることができないのである。ともすれば、何時間も、心と身体が落ち着かない状態になってしまう。

 今回、取材するにあたって、当然事前に試しておこうと思った。ところが、ようやく試す時間ができたのが、取材当日の午前中。ボールギャグのほうを試しておこうかと思った。取材の相手が、著書があれば読む。映像があれば視聴する。そうした下準備がインタビューに欠かせないことはわかっている。けれども、イヤホンをして少しだけ音声を再生して、すぐに止めた。いや、正確にいえば聞いている時間は5秒もなかった。

「これは、ヤバすぎる……」

 聞いてしまうと、その日はずっと現世に戻って来られないような気がした。一気に、幻想の世界へと引きずりこまれる、甘美な禍々しさが、そこにはあった。実のところ、取材前日の夜に、いつもの人のよさそうなおじさんが「Amazonでーす」と、届けに来た時。すぐに、ほかの原稿の手を止めて試しておけばよかったかもしれない。でも、結果は同じだったと思う。むしろ、目が覚めてから、もう一度聞き直したい衝動に駆られて、大変なことになっていたのではないかと思う。

 それは当然のことだった。ボールギャグもオナホールも、どちらの音声も、すでにいくつもの作品を生み出している実力派の作家の手によるものである。

 ボールギャグの音声を担当した、キャンドルマンは、音を用いて女のコにレイプされる催眠を味わう『レイプ・サウンド・ガール♪』という作品で知られる人物である。

 少し前に、近作の『Best work for Sissy boi ~女々しいボクにピッタリのオシゴト~』を試したのだが、これはこれまで以上にケタ違いの作品であった。

 まず、総再生時間は140分という大長編。展開する物語のテーマはSissy。すなわち、男なのにチンポに負けて、女のコのようになり、社会的禁忌も犯していく快楽を描く作品であった。Sissyというジャンルは、欧米発祥のエロ概念で日本では、あまり馴染みがない。どの程度かといえば、コミケの3日目に純粋にSissyの同人誌を頒布しているサークルは、ひとつしかない。それほど尖った快楽を、2時間以上。山あり谷ありの展開で、没入させてくれていたのである。おそらく、ボールギャク音声を一瞬聞いただけで「やばさ」を感じたのは、私の脳内で、まだあの作品の感覚が残っていたからだと思う。

 そして、オナホールの音声を担当したB-bishopは数々のオナニーサポート音声で、やはり研ぎ澄まされた作品群で知られる人物だ。この人物はまず驚異的なの制作スピードでも評価が高い。だいたい毎月2本ペースで新作をリリースしているのである。おまけに、中にはシリーズとしているものもあるが、一つとして同じようなネタがない。毎回が、オリジナルなのである。そんな音声の特徴は、とにかくマゾヒスティックな快楽を喚起する言葉の応酬である。昨年、偶然『恐怖のアイアンメイデンはニガサナイ』を試してみて以来、私もいくつもの作品を購入している。女性の声を用いて、時には感情を込めて、時には無機質な感じで、とにかくありとあらゆる言葉を駆使して、責めてくるのである。

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 作品は、あくまでオナニーサポート音声である。けれども音だけの世界は実用のための興奮のさらに先の世界へと意識を誘う。精神をもいたぶり興奮させる効果を与えてくれる、またとないものだと私は思っている。

 最初に聞いた『恐怖のアイアンメイデンはニガサナイ』の印象は今でも強烈だ。なにしろ、実用のためのオナニーサポート音声として試したはずが、ぐったりするほど疲労と、何か大きな仕事をやり遂げたような満足感をくれたからだ。


■「変態紳士」という言葉が、ふっと浮かんだ時

 いずれにしても、極めて催眠に没入する体質の私にとっては、おいそれと試すことができないものであることは明らかだった。

 とはいえ、どちらがよかったのだろう。

 インタビューのために会うというのに、テーマとなるものを試していない申し訳なさを感じていた。それと共に、初めて催眠音声を試した頃に、世界から抜け出すことができなくなり、幾度もループし続けた酷い姿も、頭をよぎった。

 待ち合わせ場所でiPhoneでグッズの名前などを確認してから、いつものようにノートを取り出す。質問事項を確認するためである。1から順に番号を記した箇条書きの質問。その文面を復習する間もなく「お待たせしました」と、声をかけてきた男性の姿を見て、私は驚いた。

 いったいどんな人がやってくるのか、さまざま想像を巡らしていた。ところが、想像していたどれにも当てはまらない、

 身体にフィットした、糊のきいたワイシャツを着た爽やかな紳士。その身に纏った空気と、アダルトグッズとのギャップに驚いたのである。

 でも、驚きはまだ続いた。

「喫茶店に席を取っておりますので、そちらに行きましょうか」

 駅周辺の喫茶店というものは、いつでも混雑しているのが当たり前だ。この爽やかな紳士は、自分が先に席を確保してから、私を迎えに来たのである。本来なら、インタビューをお願いした私のほうがやることであり、段取りを間違えていたわけである。でも、この紳士は、ごく自然な体で私を喫茶店までエスコートしたのである。

 私の頭の中で「変態紳士」という言葉が、ふっと浮かんだのは、この時であった。

 でも、単に紳士なのではない。その背後には、催眠音声というディープな世界への情熱が、常に沸いている。その情熱があるからこそ、2つのグッズが誕生したのである。

 それというのも、催眠音声というジャンルにおいて、作り手は他所から仕事として依頼を受けても、応じることは少ないのだという。

「音声作家さんは、シナリオ(スクリプト)を書くことができれば、自分で声優さんに依頼して、編集まで一人で完結してしまいます。だから、依頼する時も人にお願いする時は熱意が必要でした」

 もともと、催眠術に興味があり、自分でも研究をしていたというT氏の催眠音声との出会いは2009年頃のことだった。当時は、まだ催眠音声も黎明期。今のように、同人ダウンロードサイトで販売されているものはほとんどなく、「2ちゃんねる」のスレで、同好の士たちが語り合い、自作を配布しているような時代であった。

 そんな時代から興味を持ち、催眠音声やさまざまなオナニーサポート音声を聞くようになったという。それでも、商業でアダルトグッズと合体した形で催眠音声を展開したいというアイデアに賛同してもらうには、幾多の辛苦もあった。辛苦とは、すなわちグッズと組み合わせた形で、新たな催眠音声の可能性を追求したいという情熱を語ることであった。

「お金ではないメリットと情熱を伝えなければ、賛同してもらうことはできなかったと思います」

 だから、もし自社の製品がもっと話題となっても他社が参入するのは難しいのではないかと、T氏は考えている。

■それは、ビジネスを超えた求道の世界

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 こう書くと、T氏自身が先見の明があった。自分の目に狂いがなかったことを誇っているように思えるかもしれない。けれども、そうではない。このジャンルには、ビジネスとして考えれば無駄としか考えることのできない「求道」の精神がなければ、購入してくれる人々を満足させることなどできないからだ。その「求道」とは、肉体も精神も常識も越え、一歩前に踏み出す勇気にほかならない。

 T氏は、それを当たり前のことだと考え、そして、快楽の求道者なのではないか。そう思ったのは、トランスイノベージョン名義でリリースした2作目の催眠音声「催眠アナニー」に話が及んだ時であった。

 これは音声単体でリリースされてはいるが、アダルトグッズの使用を前提とした作品である。音声を聞きながら、アネロス(エネマグラ)などの前立腺を刺激するグッズを用いて、ドライオーガズムへと達してもらうことを目的とした作品である。

 つまり、作り手側がアナニーや男性におけるドライオーガズムがどういうものであるか理解していなくては、単なるインチキに堕してしまう。ところが、この作品は微に入り際にいたり的確そのもの。ネットで聞きかじったような知識でアナルの知識が乏しい人でも、どうやって挿入するのか。どのように力をこめるのかが、ものすごくわかりやすいのである。

「これは、あなた自身もアナニーの快感を知らないとできないではないですか」

 そう尋ねると、T氏は恥ずかしがることもなく真っ直ぐな目で口を開いた。


「そうですね。私自身、好奇心がすべてで、いろんなものに手を出してきました。一応、エネマグラとかの経験もしています。自分の経験から、アナニーでドライするには、イメージ的な部分が重要だと思ったのです。だから、催眠と相性がよいに違いないと思って世に送り出したのが<催眠アナニー>なんです」

「アネロス(エネマグラ)が気持ちいいと、ご自身でもわかってやってるんですね」

「そうですね、理解がないと依頼できないし、よいものが生まれないと思っています」

 その控えめな言葉から、T氏が相当の快楽への探求を重ねた上で作品を世に送り出すに至っていることは自ずと理解ができた。誰よりも探求を重ねた経験がなければ「一応」なんて前置きをできるはずがないと思った。その探究心は、決して大っぴらに自慢できるものでもない。世間から広く賞讃を浴びるものではない。

 そう、世間の多くの人は、こうした「性情ではない」快楽に興味があっても、表向きは忌避してしまう。「ちょっとそこまでは……」と、躊躇したり。まったく興味のないフリをする。あるいは、興味がある自分を認めたくなくて過剰に変態扱いしたりするものだ。だからこそ、探究心の赴くままにルビコン川を超えるT氏のような人物は、もっと評価されてしかるべきだと、私は思った。

 そして、そこで知った快楽を、受け入れ安い形で躊躇している人たちへ勧めようとして、作品を世に送り出す態度。それは尊敬に値するものではないかと。

 今回リリースした、ボールギャクとオナホもまた、お仕着せのものではない。優れた催眠音声とセットになっているのだから、少々手を抜いてもよかったかも知れない。けれども、T氏はまったく妥協をしていない。幾つものボールギャグを取り寄せ、作品に相応しい物を選ぼうと努力を重ねたのだ。

「ボールギャクもあそこにたどり着くまでは、十数個を咥えました。実際にくわえて見て、はじめてわかることがあります。大きさは38ミリの物を選んだのですが、もっとも一般的な大きさは42ミリです。ですので、まずさまざまな大きさのボールギャグを探すのが大変でした。咥えてみると素材の違いもわかります。プラスチックではなくシリコン製でなくてはいけないと……。シリコンは少し値段が高くなってしまうのですが、最良のものは、これだと決断したんです」

 そのT氏の熱意に応えるべく、キャンドルマンも催眠音声を制作するにあたり、すべてを咥えて、一ずつレビューを書いたのだという。

■技術力の限界まで気持ち悪いオナホを求めて工場を訪ねる

 オナホにも、また知られざる探求がある。

 こちらは、商品名の通り「気持ち悪い」デザインを目指して、まったくゼロから生み出したものである。

「まず、原型師さんと一緒に、国内某所にあるオナホ工場を見学させてもらいました。オナホをいうものが、どうやって製造されるのかを学び、できることできないことを確かめたのです」

 その結果生み出されたのが、今回のアイテムである。当初、もっと違うものも考えていたが、それでは形が崩れてしまい製造することができなかったという。色も同様である。

 ある種の妥協といってしまえばそれまでである。でも、それはさらに未来を感じさせてくれるエピソードなのではないか。マンガやアニメがリリースにあわせて、さまざまなグッズを展開するようになってから長い。そこでは、これまで思いもよらなかった新手のグッズが次々とリリースされている。

 例えば、お色気系グッズの定番といえる抱き枕カバーや、おっぱいマウスパッド。実際に見たり触れたりしたことのある人ならわかるだろうが、登場した頃に比べると進化は著しい。

 素材は触っているだけで気持ちよいものとなり、着色などさまざまな面で、より満足度の高いものとなっている。これもまた「こういうものをつくることはできないか」というアイデアに応え、さまざまな技術が試行錯誤された結果である。

 近年、オナホは当たり前のように使われるものとなり、さまざまなグッズが生まれている。ふわとろの柔らかさを追求したものもあれば、締め付けを追求したものもある、かと思えば、付属するローションなど肌に触れた時の感覚や匂いに工夫を施したものも。

 でも、造形自体を「気持ち悪い」レベルまで、尖ったデザインにするなんて、思いも寄らなかったのではなかろうか。この挑戦によって、オナホの外側のデザインを工夫すれば、また新たな快楽の世界が広がっていくことを、世間は初めて知ったのではないか。

 まさに情熱のままに、新たな快楽を求めて突っ走る。それを半ば呆れられた目で見られることもあるとT氏はいう。

「そこまでやって、儲かってますか?」

「いや、実はあまり……。ボールギャグも、赤字にならないようには作ってます。でも、今は制作者さんにちゃんとお支払いした上で、面白いものをつくりたいという意識のほうが強いのです。知り合いのアダルトグッズメーカーには<アホだろ>といわれましたけど……それでも、面白いことをやりたい。やりたいだけなのかもしれない」

 趣味ならいざ知らず、トランスイノベーションは法人である。T氏のほかにもスタッフは複数名いる。ゆえに、ビジネスとしての成功もなくては危うい。ましてや、同人と違って商業で販売する場合、ネットでも実店舗でも「卸値」というものが存在する。それを見越して、ある程度高めに価格を設定しなければならないはずなのに、T氏は赤字にならないギリギリに価格を抑えている。それが「アホだろ」といわれるのは、当然だろう。それでも、T氏には目指すべき地平があるのではないか。

「やはり、大勢の人に気持ちよくなって欲しいんですよね」

「もちろん。商業ベースでやることによって、これまで知らなかった層に広がっていってるのは有り難いなあとは思っています。儲けが少なくてもやってるのは、情熱だけですよね、完全に」

 やはりそうなのだ。そうでなくては、まず今回のようなグッズを思いついても自社の商品として、世に送り出すことはしないだろう。ビジネスとしての面を優先させるなら、もっと妥協したり、さまざまな方法でコストカットを図るだろう。そうした面を無視した二つのグッズは、完成までも時間を要した。

 もともと、2つを同時にリリースする計画ではあったが、オナホには半年。ボールギャグには1年半の歳月を要したのだ。オナホの音声を担当したB-bishopは界隈では驚異的な執筆速度だといわれているが、それでも半年を費やしている。

 さらに、2つの催眠音声が本当に購入してくれた人を満足させるかを確認するために、T氏は何度も何度も聞いた。自分が納得する音になるまでリテイクを繰り返しながら。

■「無駄な努力」が作品力を高めるという真理

 傍から見れば「無駄な努力」などといわれるかも知れない。なにせ、じっと聞いているのである。しかも、聞きながら考えることは多い。本当にちゃんと催眠状態になることができるのか。音量。さらには、コンマ何秒での音のタイミング……。

「自分がちゃんと聞いていないと、説明もできませんから、何回も聞きますね。ホントに何回も何回も聞いて、よしって納得できる仕上がりになってからプレスに回してます」

 そして、そうしたチェックができるのも、これまで無数の催眠音声を聞くことに時間を費やしてきた経験があるからだ。

「催眠音声の知識では負けていませんよ。それだけ試していますし。聞いてないと、合う人を選べない。最初は自分で書けないかなと思ったのですが、お願いしたほうがいいものができます。それも、聞いているからこそお願いができるわけですから。催眠音声についての理解は人に負けない自負はあります」

 むしろ、自分が制作の側に回っているからこそ、さまざまな作品が聞きたくなるのだとT氏はいう。

「自分の携わっている作品でかかるのは難しいですよね。あらを探すために聞いてしまうんです。ですから、さまざまな催眠音声を買って楽しんでいるんです」


■常に求めるのは前とは違う作品をつくること

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 常に「攻めの姿勢」といえばよいだろうか。より新しい快楽を求め、それを多くの人に知ってもらいたい。そんな思いが、優れた催眠音声の作家には通底しているという。ダウンロード販売サイトを見てもらえばわかるだろうが、今回の作品を担当したキャンドルマンも、B-bishopも、1つとして似通った催眠音声をつくってはいない。

 ひとつのテーマを繰り返すのではなく、次々とテーマやストーリーに挑戦し続けている。これは、いわゆるアダルトメディア全般の中では、特異な現象だと思う。

 エロマンガやアダルトゲームなどに見られるように、作品には、ある程度の「定番」というものが存在している。とりわけ、アダルトゲームは定番の宝庫。ある程度、似たり寄ったりの印象を持たせて間口を広げて、その中で新しい要素を忍ばせて作家性を維持している作品が多いように思えてならない。

 けれども、催眠音声は、そのような意図がほとんど見られない。常に、新しいテーマへと挑戦し続けているのだ。

「だから、異端ともいわれるそうです。でも、自分の趣味嗜好よりは、シチュエーションは今までにないものを求めています。最重要は、今までにない新しいものです」

 きっと、そのほうが楽しいに違いないと思った。そして、自分もそうしなければならないのだとも。私自身もまた、いつの頃からか安穏とした定番の中で満足していることは否めない。コミックマーケットでも、カタログを隅から隅までチェックして、新たなジャンルを開拓しようとする情熱は、薄れている。もう、自分の性的な嗜好がある程度はっきりとして、その枠の中で満足すればよいと思っている部分がある。

 だいたい、男の娘とTSと、いくつかの特殊性癖島を回ればコミケは終了。無駄にお金も使わないし、疲れないからいいじゃないか。そう思う一方で、自分の行動にどこか疑問もある。嗜好が先鋭化したといえば論理的で納得しているように思える。

 けれども、まだ見ぬ新たな「これは、興奮する」という嗜好が、コミケに、あるいはネットの広い海にはあるのではないか、と。T氏の言葉から、得たのはそれらを探求することの楽しさであった。

 快楽への探求は、あらゆる嗜好を偏見や躊躇などなく、素晴らしいものとして捉え誘うのだと思った。そんな意志が明確に感じられたのは、催眠音声では数多く制作されているTS、すなわち女体化ものに話題が広がった時だった。

「作家さんの多くは、女体化してやられているシチュエーションは、自分が女になって、やられている体で制作しているんだと思います。開発時にはけっこう興奮しているはず。だって、書いている時というのは、音声を聞いているようなものですからね」

 作家は、自分がなりたいもの。そして、されると気持ちいいことを描いている。そうした作家と気持ちを通じ合わせて、より多くの人に、新しい世界を届けようというT氏には、なんら臆するところが感じられなかった。

「創作物はなんでもそうだと思うのですが、自分から入ろうとしないと気持ちよくならないものだと思うんです」

 長い人生の中で型にはまったような日常を送っていれば、知ることのできる快楽はわずかなものだろう。けれども、ほんの少しだけ躊躇することをやめれば、そこには無限の新しい世界が広がっている。そこで出会う、催眠音声の気持ちよさ。それは、単なる即物的で刹那的な快楽ではない。新たな世界を知る歓びもあれば、何かが満たされた気持ちもある。なぜなら、ほかのメディアと違い催眠音声においては聞いている自分自身が、登場人物であり主役である。いうなれば、催眠という方法で異世界転生をしているようなものである。していることは受け身一辺倒でありながら、極めて能動的なのが催眠音声なのだ。

 そんな世界をアダルトグッズと組み合わせることで、さらに充実したものへと展開させようとするT氏の情熱に、共感は止むことがなかった。

 帰り道。このインタビューをどうやってまとめていくか、しばし考えた。書き手である私も、どこまで自分をさらけ出して書くべきかと……。
(取材・文=昼間たかし)

■トランスイノベージョン公式サイト
http://trance-innovation.com/
Twitter @trance_inn(https://twitter.com/trance_inn


Source: 日刊サイゾー

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